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執筆者の写真KAGAWA 2

私の生い立ちについて(高校時代2)

自分の過去を振り返るのは即ち自分の内面と向き合う作業なので、そればかり書いていると精神的に参ってしまいます。

間が開いてしまいましたが、前回高校時代の続きを書いていきます。


単調でつまらない高校生活を紛らわせるように、私は夜も土日もバイトに精を出していました。

一番最初のバイトはケンタッキーで、キッチンでチキンの調理をしていました。

地下1階のキッチンでチキンに粉をまぶしては高圧釜で揚げ、専用のエレベーターで1階に送るという作業を繰り返していました。

火傷はするわ、チキンの載った重いトレイは落としそうになるわで大変でしたが、初めてのバイトということで楽しかったことを憶えています。

ただ、いくらやっても要領良くこなせない自分が嫌になって、そのバイトは1ヶ月足らずで辞め、その後もファミレスや料亭など高校時代だけで3ヶ所は働きましたが、どれも長くは続きませんでした。


高校2年も後半になると、私は家がそこまで裕福でないにも関わらず海外大学への進学を目指し、TOEFLの塾に通うようになりました。

なぜ海外大学なのかというと、私が通っていた高校の隣に系列の大学があり、その大学生のだらしなさを見て大学生活に失望していたからです。

「とりあえず海外に出ればなんとかなる」という甘い考えで勉学に励んでいたわけですが、当然そんな考えではモチベーションが上がるはずもなく、早々に塾を辞めて泣く泣く国内の大学進学を目指すことになりました。

高校生活は相変わらず退屈でしたが、その分勉強に打ち込むことができたのでクラス内での成績はトップクラスでした。

私は系列大学への推薦を辞退し、指定校推薦でT大学教育学部に合格したのです。

教育学部を選んだのは教職を取るためではなく、文学部より良さそうだからというここでも甘い考えが理由です。 笑


さて、次回は大学入学から現在に至るまでの脱線続きの人生について書いていきたいと思ってます。


続く


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